日常ゴーゴー!

取るに足らない日常の記録にただただ徹するブログ。

夢の年金生活スタート?

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今月始めごろ、会社の上の人間に呼び出され

「あなたも60歳過ぎなので定年退職していただきます。今後もうちで働くのであれば嘱託という形でお願いします」

と通達を受けた。

そうそう、今月でまたひとつトシをとるしな。

もともと非正規なので定年退職というのも妙な話だが、これまで非正規でも加入していた社会保険を打ち切りにするためとか、そんな関係らしい。

要はリストラのための都合のいい口実として年齢の問題を持ち出してきたんだろう。

まあ今まであちこちの職場を転々としてきた身としては、今の会社にもさほど帰属意識みたいなものはないけれど

それでもいざ「定年退職です」とか言われると、あーそんなトシになったんだなーとちょっとした感慨がある。

もう自分も、社会の第一線で活躍するような身分じゃないんだね。それをはっきり他者から申し渡された感じ。

これからは社会の中核を担う人たちのお邪魔にならないよう、隅っこのほうでひっそりと自分のやりたいようにやっていくとしますか。

なんだ、今までとあまり変わらねーじゃん。

これまでだって世の中を半分降りて(by中島義道)生きてきたようなもんだから。

会社の上層部の通達では、嘱託になるとこれまでのようにコンスタントに仕事は入らず、

会社が忙しいときだけ臨時に仕事を頼むみたいなカタチになるらしい。

さて、どのくらい収入がダウンするのか、始まってみないと分からないが、

いざとなればいま副業として働いてるところをメインに切り替えればどうにかなるんじゃないか。

などと楽観的に構えながらも一抹の不安にとらわれていた今日この頃

自宅に一枚の通知が来た。

年金機構からのねんきん定期便とかいうやつ。

いままでも年に一度ぐらいのわりで届いてたが、気持ちのほうはまだまだ現役だったのでたいして意識もせずにスルーしていた。

みなさんもご存知のように通常は65歳から支給される年金も、減額はされるが60歳から受け取り可能だ。

65歳まで待ってるうちにくたばってしまい、1円も受け取れない可能性だってあるし。

何よりも止まらない少子高齢化の状況で、先へ伸ばすほど年金の額は減っていくのではないかという懸念もある。

うーん、金額ダウンしても早めにもらったほうがいいんじゃね?

会社から定年を言い渡されたタイミングでまさに助けの舟がきたような気になった。

来週、連休明けぐらいに地元の年金事務所へ相談に行く予定。

 

映画についての二、三の雑談。

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大宮のミニシアター ottoでやっていた空族一挙上映、とうとう一本も見に行けなかったので、かわりにスカパーから録画してあった「バンコクナイツ」観る。

長尺の作品なので二晩に分けて鑑賞した。録画やDVDなどのソフトはこういうことができるから便利だ。

その代わり、劇場だと最初から最後まで映画の中の世界に向き合わなければならないので作品への没入感が全然違うんだけどね。

 

自宅では来客や電話があればその場でストーリーは寸断されるしネットを横目に眺めたりしながらの鑑賞なので、どうかするとストーリーも満足に頭に入ってこない。いや、集中してない自分が悪いんだけど。

鑑賞した映画の記録はこれまでスマホのメモ帳につけていたけど、メールに打ち込んで下書き保存することにした。

スマホが壊れたり、あるいはなくしたりすればメモ帳の記録も見れなくなる。

ネット上ならその心配はない。しかもメールなら日常的に使ってるのでアカウントやパスワードが分からなくなる心配もまずない。

今までキネノートとか、いろんなネット上の映画鑑賞記録サービスを使ってきたけど、こういうサービスはいきなり終了したりするので、あまり信用できなくなった。

ヤ⚫︎ーメールならまずサービス終了はないだろう。あ、それからこのはてブもね。

映画の記録といっても最近は作品名と鑑賞日、場所を羅列するくらいだ。前はいろいろ感想も書いたけど。

文章として残すのもいいけど、自分の記憶に刻みつけるのが一番じゃないでしょうか。

今日は仕事は休み。特に予定もなく、近所の図書館で借りてきたDVD「ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿」を朝から観る。スカラ座とそこに出演した人々をめぐるドキュメント映画だ。

ドキュメンタリーはわりと好きでよく観るけど、オペラの世界は自分には縁遠いので敷居が高い劇場でお金を出してはまず観ないだろうね。

テレビの前に横になってスナック菓子でもポリポリ食べながら、たまにはこうしてブログを打ちながらのながら鑑賞。こんなんじゃストーリーが頭に入るわけねーよなー。

 

メメント・モリ。

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毎週日曜の夜はJ-WAVEの「トラベリング・ウィズアウト・ムービング」をよく聴いている。

野村訓市というパーソナリティの方がシブい声で旅や人生についてシブく語るシブい番組だ。

もう聴き始めて何年にもなるけれど、いまだにこの人の職業は何なのか分からない。自分にとってはずっと「シブい声の人」という認識のままだ。

今回のエントリを書くついでに、いい機会だしネットで野村訓市氏について調べてみた。

検索で出てきたプロフィールをざっと要約すると

…編集者、ライター、インテリアデザイナーなど多岐にわたる肩書を持つマルチクリエイターで、国内外のカルチャーシーンに強い影響力を持ち、音楽、アート、ファッションなどの分野で幅広い交友関係をお持ちとのこと。

ただ声がシブいだけの人かと思ってましたが失礼いたしました。

 

茶化しはこれくらいにしておきまして

こないだの放送で訓市氏は終活について語っていた。

いつもカルチャーシーンの最先端を番組で紹介しているこの人にしては、らしくない話題だなーという気もちらっとよぎりましたが、

逆に「死」について考え、語ることこそ実は現代の最先端ではないかとも思ったりしました。

これまで死について語ることは縁起でもないとタブーにされがちでしたが、どんなに避けたっていつかは誰にでもくることです。

いっそ開き直って人生の終わりや終活について積極的に語り、高齢者が増えつつあるラジオリスナーを獲得しようと訓市氏や番組スタッフは新たな戦略を打ち立てたのかもしれません。

いざ、間近に死が迫ったときに何の用意もしてなくてジタバタするよりはよっぽどクールでないかと。

訓市氏は50代を迎えた頃から人生の終わらせ方についてあれこれ考えるようになったということだ。

僕の場合精神年齢が低いせいか、60近くなってやっとそんなことを考えるようになったけど。

自分より年下だけど、世界中を旅していろんな体験をくぐり抜けてるせいか、さすが考え方がオトナだなー野村訓市氏。

この世を去るときは「立つ鳥跡を濁さず」できれいに逝きたいもんです。

今月誕生日でひとつ年をとるからというわけではありませんが、ついそんなことを考えてしまいました。

ビートルズ来日60年。

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休日。終日家でウダウダ過ごし、夕方から地元のライブハウスへビートルズトリビュートバンド「RIVER BIRDS」のライブを見に行く。

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このバンド、3ヶ月に一度ぐらいのペースでこのライブハウスに来て演奏している。

もう1、2年ほど続けて観てるけど、2回ほど欠席してしまった。今回のライブはほぼ半年ぶりぐらいかな。

この間にバンドはドラムが代わったようだ。演奏そのものがどう変化するのか、そんな興味もありつつ車でライブハウスのある市の中心へ向かう。

この店はライブハウスにしては珍しく駐車場があるので日ごろ車での移動が多い自分のようなイナカの人間にはとても便利。イナカは車がなくちゃやってけないからねー。

18時開演。今回はドラマーが新メンバーになったのに加え、女性のキーボード奏者の方が欠席。

それでも演奏のほうはいつも通り、ほぼ完コピに近い安定のプレイ。安心して聴いてられる。

いつものキーボード奏者がいない代わりに、ベースの方が2曲ほどバラードでキーボードを弾きながら歌う。ベースだけじゃなくキーボードもできるのか。マルチな才能に感心。

3セットのステージをこなし、最後はロックンロールで客席も盛り上がった。

そういえばちょうど今年はビートルズ来日から60周年にあたるらしい。

当時の様子はもちろん僕はリアルタイムでは経験してないが

(それでも客席に来日公演を観たという方がいてびっくり)

当時の様子はいろいろとメディアや記録を通して伝えられている。

そして文献などによっては当時ビートルズに熱狂したのはほんとに一部の若者だけで彼らは不良または変わり者扱いされていたと記されている。

大人たちのほとんどはイギリスから来た4人の長髪の若者たちに批判的で、来日公演の際も観に行ってはいけないと禁止令を敷いた学校などがずいぶんあったという。

うーん、それが今はねー。イエスタデイとかレット・イット・ビーが音楽の教科書に普通に載ってるもんねー。

もはやビートルズはポピュラー音楽の主流という地位を確立して、大人としての正しい教養の座に収まっている。

あのころビートルズを批判した大人たちはいまの風潮を知ったらどう思うんだろうかねー。まあほとんどの方がこの世にいないだろうけど。さぞかし裏切られたような気分をしてるだろうか、あっちの世界で。

60年もたてば世の中も変化するわけで。世間の良識とかに盲目的に従うもんじゃないよなー。

来日60周年を記念して都内の新聞社でビートルズの写真展も開催されているようだ。このたび武道館で未公開の彼らのフォトショットが発見され話題になったが、それも展示されるのかなー。

ビートルズファンではないけど今度の休みあたりに行ってみたいもんだ。

 

 

明日から仕事。

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3日間の旅行とそのあと1日の休息日を入れて計4日も仕事を休んでしまった。

当たり前のことだが、旅に出てるあいだはほとんど自分の身のまわりがないがしろになっていた。なんとか平常パターンに戻らなければ。

溜まっていた新聞に目を通して世の中の流れを把握し、乱雑になっていた部屋を整え、ずっとサボっていたジムにも顔を出して日が沈むころに帰宅する。

明日からまた仕事に追われる日々だ。

おりしも今日は日曜日。夕方が近づくにつれ気持ちが落ち込む、まさにサザエさん症候群。

1日休んで肉体的な疲労は解消できたけど、遊びモードから仕事モードへの切り替えがむずかしい。

たとえるなら、日常という鋳型に無理やり自分をはめ込んでいくようなもんでしょうか。

この鋳型にも2種類あるような気がしていて、

ひとつは私生活の部分。休みの日に足を運ぶ近所のお店や図書館、ジム等への行き来やあるいは家族や知り合いとの関係の中で演じる役割であるとか、そういうものからできた鋳型。

これは比較的自由度が高く、あまり苦労せずに自分をあてはめていくことができる。枠組みとしてはソフトなほうだ。

問題なのがもうひとつの、仕事に関する鋳型。

正直、4日も休むと仕事のやりかたも半分忘れてしまう。忘れるまでいかないにしても、多少カンがくるってしまうみたいなことはありがちだろう。

ほかにも毎朝の出勤や職場での人間関係なども、休み明けの気分を重くさせる要素だ。

明日からはこのハードなワクにギリギリと自分を押し込んでいかないと。

しばらく地道に働いて資金が少し溜まったら、またこのワクから抜け出して旅先で自由の身になりたいもんだ。

戻ってくるのは変わらない日常だったとしてもね…。

 

旅から戻って。

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信州白樺湖のホテルに2泊。

その間も世間では台風直撃、青森や山梨で震度6といろいろ大変だったようで。

甲府が震度6を記録したときは白樺湖のほうも少し揺れたな。直前に緊急地震警報がTVだかスマホから鳴って。

出発前は熊との遭遇を心配してたけど、まさに天災のてんこ盛りだったね。

行きは群馬から内山峠で佐久へ抜け、白樺湖を目指したが、帰りは茅野へ下り、韮崎から甲府へと盆地を横断する。

まさに前の晩、巨大地震に襲われた一帯じゃないですか。

走りながら見たところ、大きな被害は出ていないようだ。ただ赤色灯をつけていないパトカーや消防車と何度かすれ違った。被害の状況をパトロールしてたんだろうな。

甲府からは雁坂みちと呼ばれる国道140号線で長いトンネルを抜けて秩父へ出、埼玉のはずれの自宅へ。

途中どこにも立ち寄らず、そそくさと明るいうちに帰ってきた。

不思議なもんだ。日常にウンザリして旅に出たのに、どうしてまたそんな暮らしに急いで戻ろうとするのだろう。

旅というのはある意味、現実逃避なのだと聞いたことがある。

自分の場合たしかにそうかもなーと思ったりして。

ゴミ溜めのような生活から一刻も早く逃れたくて旅に出ても、そんな暮らしに戻るため一心に家路を急ぐ。なんだろうこの二律背反は。

やはりどんなに問題が山積みでカオスな状況であったとしても、それがまぎれもない自分の生活なのだろう。

その抱えているさまざまな難問に立ち向かうために、また自分の暮らしに戻っていく。

逆にいえばそれらの困難と戦うパワーを養うために、旅に出るのだといえるだろう。

夕刻、帰宅して軽い食事をすませると睡魔に襲われ、目が覚めるともう深夜近く。まだ旅の荷物も解いていない。

またこの雑然とした日常に戻ってきてしまったと早くもウンザリしている自分がいる。

そしてまた旅に出たくなるんだろうな。ここではないどこかへと。

なんかポエムな文体になってしまったな。ま、旅の余韻ということでカンベンを。

明日はもう1日休みだ。ゆっくり旅の疲れを落とそう。

松本のレトロな街歩き。

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2泊3日の旅から戻る。今回は白樺湖畔のホテルに宿泊した。

残念ながらダブル台風とジャストミート、初日から最終日まで雨にたたられる結果となった。

霧ケ峰高原は霧につつまれあたりは真っ白。しかもビーナスラインを松本方面へ降りようとしたら途中で通行止。

やむをえず諏訪方面へ降りて塩尻を抜け大まわりして松本へ向かった。

2、3日前の新聞に、松本市内の旧映画館の建物が現在は映画関係の展示館として利用されているという記事が載っていて

天気も悪く景色も楽しめそうもないので行ってみるかと足を伸ばしたのだ。

上土という地区にある、昔の映画館を利用したシネマミュージアムは入館無料。

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館内ロビーには名作のポスターが飾られ、映写室や客席も見学できる。

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ナビで調べるとシネマミュージアムの隣りにはカフェを併設した古書店もあるという。

ちょうど昼どきだし、お茶でも飲みながら古本を物色してみるかと行ってみたら店はクローズ、夕方5時から開店とある。

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ナビでは正午からオープンとなってたのに。

あとでよく調べたら平日は夕方5時オープンで正午から開くのは土日祝のみらしい。

さすがに夕方まで待っているわけにもいかない。松本は仕事やなんかでもよく訪れるのでまた次の機会ということにする。

そういえばこの前仕事で松本に来たときに買った街を紹介するタウン誌が、家の中のどこかにあったはずだ。

今回の旅に備えて持ってくるなり活用すればよかったのに積ん読のまま買ったことも半分忘れていた。いかんなー。

まあ天気が悪かったので急きょ松本行きを決めたせいもあるけれど。

古本カフェに入れず、仕方なくあたりをブラブラ。

シネマミュージアムから通りをはさんだビルの2階の窓にカラーウィグをつけた異様なマネキンが並んでいる。一階の壁にはライブのチラシがベタベタ貼られている。

なんだこの店、古着屋かライブハウスか…?

興味を惹かれ思わずドアを開け2階へと階段を上る。

思ったとおり音楽スタジオを併設した古着ショップで、ずらりと並んだ古着の奥にドラムセットや音楽雑誌が無造作に積まれ、地元の音楽やファッションを愛する若者たちの溜まり場になっているようだ。

残念ながら古着は女性ものが多く、自分が着られるようなものはない。店の女性からスタジオ使用料金の載ったチラシを渡されたけど、埼玉からここまでバンドの練習に来るわけにいかないしなあ…。

上土という一角は昔から盛り場としてにぎわっていたようだ。大正ロマンを思わせる建物の一階がカフェになっていて、そこで休憩。

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ナビで調べると少し離れた裏通りに古書店が一軒あるもよう。行ってみると古民家を改造したような店がひっそりと路地裏にたたずんでいる。

近くに車を停めて手早く文庫本を1冊買い、松本をあとにした。

仕事で来たときはいつもトンボ返りしてるけど、こんなディープなスポットもあるんだね。今度はもっとゆっくりと街をたん能してみたい。