日常ゴーゴー!

取るに足らない日常の記録にただただ徹するブログ。

プロジェクトXを見てるみたいだなー、映画「フロントライン」。

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コロナ禍の始まった時期に、豪華客船の中で発生した大量感染に立ち向かう医師たちの苦闘を描く映画「フロントライン」を鑑賞する。

ちょっと前にもやはり事実を下敷きにした「Fukushima50」という作品があり、この「フロントライン」も同じ路線かなーと思いましたが。

「Fukushima50」も重いテーマを選んだわりに評判はイマイチだったみたいで。自分も観ましたけど、やはりいかにも活劇調になってしまったのがまずかったんでしょうか。

 

さて本作「フロントライン」ですが……

うーん、予想通り見せ場に乏しいかなあ。「Fukushima50」がノンストップ、全編見せ場なつくりだとしたら、こちらは全編ダレ場という感じでしょうかねー。

例によって寝落ちしてしまったんで完全には把握してないんですが、舞台のほとんどは狭い船内か会議室。事態の推移も説明ゼリフでほとんど処理。

敵はコロナ•ウイルス。怪獣や大災害といった目に見えるものじゃないだけに、医師たちが具体的に何と戦ってるのか、何をしようとしてるのかいまいち伝わってこない。ひたすらシリアスな顔して俺は疲れてるアピールされてもなあ。

結局、いくら素材がシリアスであるにせよエンタメはエンタメなんです。悲劇も娯楽のうちなんです。

そういう見方をすると、災難に遭った人々にマイクを向ける、まるで死肉に群がるハイエナのようなマスゴミは、その視聴者でありこの映画の観客でもある自分たちの姿そのものだともいえるでしょう。そういう気づきがあっただけでもこの作品を見た意味はあったかなと。

じっさい映画の後半、興味本位に事件を取り上げようともくろむテレビ局側の人間が話のメインになってから映画は少し面白みを増す。

 

あのコロナ禍からまだ10年もたっていませんが、僕たちの暮らしはあっという間にもとに戻り、あの当時の緊張感、この先どうなるんだろうという不安な思いもなかなか思い出しにくくなっています。

でもあの時の感覚を覚えてないとこの映画は響かないし、映画じたい当時の感覚をうまく描いているとはいえそうにない。事実の説明で終始してしまったようだ。

あの船内感染が起きたとき、さっさと船から降りて帰宅した乗客もいたとニュースが伝えていた記憶がある。そういうのを脇エピソードとして混ぜれば映画ももう少し厚みが出て面白くなったろう。まあ現実にモデルがいると映画化には慎重にならざるをえないでしょうけど。

 

次から次へと天災に見舞われる災害ニッポン。本作や「Fukushima50」といった、まるでプロジェクトXの災害バージョンみたいな作品は、これからも増えていくような予感がします。それは悲劇的な事実をエンタメ的に消化してしまう傾向をますます助長しそうで、また別の問題がありそうですが。

通り過ぎた夏。

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今年の夏休みはとうとう10日以上も休んでしまった。

といっても正規の休みはそのうち半分の5日間だけで、あとは仕事が入らずに休まざるをえなかったというw

なので自由な時間がいっぱいあってもフトコロ具合がいまいち不安で、ハメをはずして豪遊できなかった。

今週あたりから世の中も通常モードに戻りつつあるようだ。

自分も本日が休み明けの初仕事。朝の通勤ラッシュを過ぎた時間帯の電車で仕事先へ向かっている。車内はすいてて静かだがラッシュの時間帯は相変わらず混雑してたんだろうか。

休み中は台風が列島を横断したりおとなりの千葉県は災害級の豪雨に見舞われたりで、お天気的にはあまり恵まれているとは言えなかったようだ。まあ40度近い猛暑はなくて助かったけど。

それにしても亡くなった方も大勢出た千葉の豪雨は、自分の身近な場所だけにこわい。ニュースでもふだん仕事や遊びでよく行く町の名が次々と報じられる。自分がその場に居合わせたらどう行動すればいいのだろうと考えさせられる。

今年の夏は最初に書いたようにたいした豪遊もせず地味に過ごしていたが、そんな災害に巻き込まれなかっただけでもよかったろう。また気持ちを引き締めて仕事に向かわなければ。

久しぶりに気持ちを新たにした休み明けだ。

空に浮かんだ入道雲にはまだ夏の名残りが。

 

気がついたら……。

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気がつけば前回の更新から20日以上が過ぎていた。時がたつのは早いなあ。

気がつけばまたひとつ年を重ねていた。誰かがSNSとかで誕生日おめでとうとかメッセージくれたら気がついたんだろうけどなー。

いや実際のところ、あまり親しくない人や素性もよくわからないネット上の知り合いからそんな言葉をかけてもらうのも、けっこう気まずいもんです。

気がついたら2026年もとっくに後半戦です。気がつけばとっくに梅雨が明け世間は夏休み突入で浮かれています。こっちは働きどおしで休んでもそれだけ収入が減るので落ち着いて休めません。

気がつけばもう5日も仕事をしてません。

夕方になると会社から「明日仕事ないから休んで」のLINE。それを見て心のどこかでホッとしている自分もこわい。

さらにこわいことには、このあと会社のお盆休みが控えているのです。

全部合わせて今月はいったい何日休むんだ? すでに5日も休んで夏休みを十分エンジョイした気分だぞ。

休んでてもヒマなので部屋の整理整頓などをしていますが、気がつくと始める前より散らかっています。永久無限にカオスが広がり続けるエントロピーの法則です(詳しくないので突っ込まないでください。雰囲気だけで言ってるんですから)。

気がついたらこんな駄文を並べてもう500字超えだ。これでブログのエントリ一丁あがりだ。なんともイージー。こりゃアクセス増えないわけだ。

はたと我にかえる。気がつけば、いったい誰に向かって自分はこんな文章を書き連ねているんだろう…。

夢の年金生活スタート?

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今月始めごろ、会社の上の人間に呼び出され

「あなたも60歳過ぎなので定年退職していただきます。今後もうちで働くのであれば嘱託という形でお願いします」

と通達を受けた。

そうそう、今月でまたひとつトシをとるしな。

もともと非正規なので定年退職というのも妙な話だが、これまで非正規でも加入していた社会保険を打ち切りにするためとか、そんな関係らしい。

要はリストラのための都合のいい口実として年齢の問題を持ち出してきたんだろう。

まあ今まであちこちの職場を転々としてきた身としては、今の会社にもさほど帰属意識みたいなものはないけれど

それでもいざ「定年退職です」とか言われると、あーそんなトシになったんだなーとちょっとした感慨がある。

もう自分も、社会の第一線で活躍するような身分じゃないんだね。それをはっきり他者から申し渡された感じ。

これからは社会の中核を担う人たちのお邪魔にならないよう、隅っこのほうでひっそりと自分のやりたいようにやっていくとしますか。

なんだ、今までとあまり変わらねーじゃん。

これまでだって世の中を半分降りて(by中島義道)生きてきたようなもんだから。

会社の上層部の通達では、嘱託になるとこれまでのようにコンスタントに仕事は入らず、

会社が忙しいときだけ臨時に仕事を頼むみたいなカタチになるらしい。

さて、どのくらい収入がダウンするのか、始まってみないと分からないが、

いざとなればいま副業として働いてるところをメインに切り替えればどうにかなるんじゃないか。

などと楽観的に構えながらも一抹の不安にとらわれていた今日この頃

自宅に一枚の通知が来た。

年金機構からのねんきん定期便とかいうやつ。

いままでも年に一度ぐらいのわりで届いてたが、気持ちのほうはまだまだ現役だったのでたいして意識もせずにスルーしていた。

みなさんもご存知のように通常は65歳から支給される年金も、減額はされるが60歳から受け取り可能だ。

65歳まで待ってるうちにくたばってしまい、1円も受け取れない可能性だってあるし。

何よりも止まらない少子高齢化の状況で、先へ伸ばすほど年金の額は減っていくのではないかという懸念もある。

うーん、金額ダウンしても早めにもらったほうがいいんじゃね?

会社から定年を言い渡されたタイミングでまさに助けの舟がきたような気になった。

来週、連休明けぐらいに地元の年金事務所へ相談に行く予定。

 

映画についての二、三の雑談。

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大宮のミニシアター ottoでやっていた空族一挙上映、とうとう一本も見に行けなかったので、かわりにスカパーから録画してあった「バンコクナイツ」観る。

長尺の作品なので二晩に分けて鑑賞した。録画やDVDなどのソフトはこういうことができるから便利だ。

その代わり、劇場だと最初から最後まで映画の中の世界に向き合わなければならないので作品への没入感が全然違うんだけどね。

 

自宅では来客や電話があればその場でストーリーは寸断されるしネットを横目に眺めたりしながらの鑑賞なので、どうかするとストーリーも満足に頭に入ってこない。いや、集中してない自分が悪いんだけど。

鑑賞した映画の記録はこれまでスマホのメモ帳につけていたけど、メールに打ち込んで下書き保存することにした。

スマホが壊れたり、あるいはなくしたりすればメモ帳の記録も見れなくなる。

ネット上ならその心配はない。しかもメールなら日常的に使ってるのでアカウントやパスワードが分からなくなる心配もまずない。

今までキネノートとか、いろんなネット上の映画鑑賞記録サービスを使ってきたけど、こういうサービスはいきなり終了したりするので、あまり信用できなくなった。

ヤ⚫︎ーメールならまずサービス終了はないだろう。あ、それからこのはてブもね。

映画の記録といっても最近は作品名と鑑賞日、場所を羅列するくらいだ。前はいろいろ感想も書いたけど。

文章として残すのもいいけど、自分の記憶に刻みつけるのが一番じゃないでしょうか。

今日は仕事は休み。特に予定もなく、近所の図書館で借りてきたDVD「ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿」を朝から観る。スカラ座とそこに出演した人々をめぐるドキュメント映画だ。

ドキュメンタリーはわりと好きでよく観るけど、オペラの世界は自分には縁遠いので敷居が高い。劇場でお金を出してはまず観ないだろうね。

テレビの前に横になってスナック菓子でもポリポリ食べながら、たまにはこうしてブログを打ちながらのながら鑑賞。こんなんじゃストーリーが頭に入るわけねーよなー。

 

メメント・モリ。

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毎週日曜の夜はJ-WAVEの「トラベリング・ウィズアウト・ムービング」をよく聴いている。

野村訓市というパーソナリティの方がシブい声で旅や人生についてシブく語るシブい番組だ。

もう聴き始めて何年にもなるけれど、いまだにこの人の職業は何なのか分からない。自分にとってはずっと「シブい声の人」という認識のままだ。

今回のエントリを書くついでに、いい機会だしネットで野村訓市氏について調べてみた。

検索で出てきたプロフィールをざっと要約すると

…編集者、ライター、インテリアデザイナーなど多岐にわたる肩書を持つマルチクリエイターで、国内外のカルチャーシーンに強い影響力を持ち、音楽、アート、ファッションなどの分野で幅広い交友関係をお持ちとのこと。

ただ声がシブいだけの人かと思ってましたが失礼いたしました。

 

茶化しはこれくらいにしておきまして

こないだの放送で訓市氏は終活について語っていた。

いつもカルチャーシーンの最先端を番組で紹介しているこの人にしては、らしくない話題だなーという気もちらっとよぎりましたが、

逆に「死」について考え、語ることこそ実は現代の最先端ではないかとも思ったりしました。

これまで死について語ることは縁起でもないとタブーにされがちでしたが、どんなに避けたっていつかは誰にでもくることです。

いっそ開き直って人生の終わりや終活について積極的に語り、高齢者が増えつつあるラジオリスナーを獲得しようと訓市氏や番組スタッフは新たな戦略を打ち立てたのかもしれません。

いざ、間近に死が迫ったときに何の用意もしてなくてジタバタするよりはよっぽどクールでないかと。

訓市氏は50代を迎えた頃から人生の終わらせ方についてあれこれ考えるようになったということだ。

僕の場合精神年齢が低いせいか、60近くなってやっとそんなことを考えるようになったけど。

自分より年下だけど、世界中を旅していろんな体験をくぐり抜けてるせいか、さすが考え方がオトナだなー野村訓市氏。

この世を去るときは「立つ鳥跡を濁さず」できれいに逝きたいもんです。

今月誕生日でひとつ年をとるからというわけではありませんが、ついそんなことを考えてしまいました。

ビートルズ来日60年。

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休日。終日家でウダウダ過ごし、夕方から地元のライブハウスへビートルズトリビュートバンド「RIVER BIRDS」のライブを見に行く。

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このバンド、3ヶ月に一度ぐらいのペースでこのライブハウスに来て演奏している。

もう1、2年ほど続けて観てるけど、2回ほど欠席してしまった。今回のライブはほぼ半年ぶりぐらいかな。

この間にバンドはドラムが代わったようだ。演奏そのものがどう変化するのか、そんな興味もありつつ車でライブハウスのある市の中心へ向かう。

この店はライブハウスにしては珍しく駐車場があるので日ごろ車での移動が多い自分のようなイナカの人間にはとても便利。イナカは車がなくちゃやってけないからねー。

18時開演。今回はドラマーが新メンバーになったのに加え、女性のキーボード奏者の方が欠席。

それでも演奏のほうはいつも通り、ほぼ完コピに近い安定のプレイ。安心して聴いてられる。

いつものキーボード奏者がいない代わりに、ベースの方が2曲ほどバラードでキーボードを弾きながら歌う。ベースだけじゃなくキーボードもできるのか。マルチな才能に感心。

3セットのステージをこなし、最後はロックンロールで客席も盛り上がった。

そういえばちょうど今年はビートルズ来日から60周年にあたるらしい。

当時の様子はもちろん僕はリアルタイムでは経験してないが

(それでも客席に来日公演を観たという方がいてびっくり)

当時の様子はいろいろとメディアや記録を通して伝えられている。

そして文献などによっては当時ビートルズに熱狂したのはほんとに一部の若者だけで彼らは不良または変わり者扱いされていたと記されている。

大人たちのほとんどはイギリスから来た4人の長髪の若者たちに批判的で、来日公演の際も観に行ってはいけないと禁止令を敷いた学校などがずいぶんあったという。

うーん、それが今はねー。イエスタデイとかレット・イット・ビーが音楽の教科書に普通に載ってるもんねー。

もはやビートルズはポピュラー音楽の主流という地位を確立して、大人としての正しい教養の座に収まっている。

あのころビートルズを批判した大人たちはいまの風潮を知ったらどう思うんだろうかねー。まあほとんどの方がこの世にいないだろうけど。さぞかし裏切られたような気分をしてるだろうか、あっちの世界で。

60年もたてば世の中も変化するわけで。世間の良識とかに盲目的に従うもんじゃないよなー。

来日60周年を記念して都内の新聞社でビートルズの写真展も開催されているようだ。このたび武道館で未公開の彼らのフォトショットが発見され話題になったが、それも展示されるのかなー。

ビートルズファンではないけど今度の休みあたりに行ってみたいもんだ。