日常ゴーゴー!

取るに足らない日常の記録にただただ徹するブログ。

突然のシューカツ。

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先月の後半あたりからずっと仕事が途切れがちで

10月に入ってもそんな状況があいかわらず続いている。

今日も本当は出勤日にあたっていたが、前日に「明日仕事ないから休んで」のライン。

急きょ休みになったって、こっちは行くところもない。この先の収入だって不安だし。そうそう遊び歩くわけにもいかない。

極力出かけないようにして、終日家にこもり切り詰めた生活を送る。

そんなふうに長い1日が過ぎ、今日の夕方にまたライン。また同じ文句。コピペかこれ。

毎週金、土と休んでるので、これで明日も休みなら今週は出勤1日だけだ。

この状況、どうなん?

営業の人間は「10月からは忙しくなる」とか言ってたからこっちものんびり構えてたんだけどな。全然忙しくならないじゃん。

どういうわけだって会社にラインで返したら「いま全社的に厳しい状況なので……」という回答。

そりゃーあれだけ次から次に人を入れりゃ仕事がまわってこなくなるわ。

大丈夫なの、この会社?

自分はけっこう手のひら返しというか見切りをつけるのが早いタイプなので(そのせいで失敗も多かったけど)、

もう我慢できず、ネット上に求人出していた同業の会社に電話、

明日面接に行くことになった。

あ、12時まわったので明けて今日、ですけど。

いやー、久しぶりだな面接。まさかこの年になって履歴書書くとは思わなかったよ。

ていうか履歴書の書き方忘れた。ついでに自分の今までの経歴も半分以上おぼえてない。

ま、明日行くところも正社員ではなく業務請負の形なので、やりようによっては今の仕事とダブルワークが可能かもしれない。

って忙しくなるだけだな。疲弊するのが目に見えてくる。

とにかくここ1、 2年は自分的にもぬるま湯につかってるような状況だったかもしれない。

何も変わらない日常に焦りを覚えていた部分もあるが、

外から変化の波がおとずれるのを待ってないで、自分から行動起こしていかなけりゃな。

 

正直、しんどいけどさ。

 

 

「キムズビデオ」。

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大宮のミニシアターottoで「キムズビデオ」というドキュメンタリー映画を鑑賞。

膨大なビデオ・コレクションの行方を追って物語はニューヨーク、イタリア、韓国を転々、政治家やマフィアもからみ、映画の撮影者自身が思わぬ行動に……

うーん、これって事実なのか。あまりに面白すぎる。次から次へと登場する面々がどれもうさんくさすぎ。もしかしてフェイク・ドキュメントか?

それはともかく、この作品をとおしてもっとも痛烈に伝わってきたのは

「自分が大切に思っているものを、やすやすと他人に奪われてはいけない」

そして、

「大切なものが奪われたら、簡単にあきらめず全力で取り返さなければならない」ということ。

この作品の場合「大切なもの」は言うまでもなく貴重なビデオ・コレクションですが、

そういった物質的なものばかりではなく、大切な人であったり、自分の生き方、ポリシーみたいなものまで含まれるかもしれない。

僕たちは日ごろ、周囲からの同調圧力に押され、自分らしい生き方を断念せざることが少なくない。

好きでもない仕事に自分の貴重な時間を奪われ続けている。

それを容認し続けていると、自分の人生は誰か別人のものみたいになってしまいかねない。

大切なものは守り続け、ときには戦うことも必要だ。「キムズビデオ」はそんなことまで考えが及んでしまう一作です。

膨大な映画作品のワンシーンが作中でこれでもかと引用され、シネフィルな方々は思わずニヤついてしまうかも。名作もB級も分け隔てなく愛情を注ぐ作り手の姿勢、映画へのリスペクトがひしひしと伝わってきます。

観ているうちに、思わず自分の部屋に山積みの本やCD、DVD類を連想してしまいました。急いで帰って整理しなけりゃ。

泣くひと笑うひと。

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DJや作家としても活躍するロバート・ハリス氏がパーソナリティをつとめるインターFMの番組「アレクサンドリア」を車の運転しながら毎日のように聴いている。

大人世代向けのラジオということで、番組で取り上げる話題や選曲もわりかし年齢高めのリスナーを想定してる感じだ。

ハリスさん自身、先日77歳を越えたことを番組で公表。「自分が喜寿だとはとても信じられない」などとコメントしていた。

そのハリスさん、最近人間ドックで検査を受け、そのとき身長も測定したら、以前は170センチを超えていたのに今回は170を切っていてひどくショックだったと語っていた。

170と169。ほんの1センチだがこの差は大きい。

半分冗談めかした口調だったけど、どうしても170切ったことを認めたくなくて悪あがきしてる様子が伝わって、失礼だが車のハンドルを握りながら大笑いしてしまった。

仕方ない、年をとれば人間縮むものだ。僕の両親も気がつけばずいぶん小さくなってしまった。しのぶしのばず〜無縁坂〜〜♪

かくいう僕も身長はギリギリ170越えで、遅かれ早かれこのラインを切ってしまうのはもう時間の問題だが、

うーん、そうなったらハリス氏の話を笑えるだろうか。意外としんみりと身につまされてしまうかもしれない。

そこで思い出したのがラジオでたまに流れる公共広告機構ACのCMだ。

内容はだいたいこんな感じ。「同じ番組を見て笑う人がいます(大笑いする声)同じ番組を見て泣く人もいます(シクシク泣く声)……」

誰もが安心して見られる番組を、みたいなメッセージでCMは締めくくられる。

前述のハリスさんの話に大ウケしてしまった僕だが、自分も身長170切っていたらとても笑うどころではなかったかもしれない。

1人の人間でも時と場合によって真逆の反応をしてしまうぐらいだから、人によってどう感じるか、それぞれ違うのはこれはもうどうしようもないことじゃないだろうか。

ACが訴えかける「誰もが安心して見られる番組」なんてありえるのだろうか。

もしあったとしたら、それ、あんまり面白くないような気もするんだけど……。

やっぱりバイアスとかが笑いを生むのだから、いちいちポリコレ棒で叩かれたら怖くて何もできなくなってしまう。

たしかに昔のギャグって差別とかイジメとか人の不幸を喜んでた部分は否めないけど。

ちなみにハリスさんの話を聞いたリスナーから番組に寄せられたコメントも「笑いました」という声が多数のようだったが、その陰にほんのわずかだが笑うに笑えなかった人もいたのだろうか。

いろんな立場のひとに配慮しなければならず、何か失言しようものなら寄ってたかって叩かれまくる。息苦しい世の中だ。

 

眠たい瞳のサイコさん。

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今年の2月ごろの話だが、マイナンバーカードの申請に行ったら、その場で写真を撮ることになった。どうやらカードには本人の顔写真も乗るらしい。

職員の人がタブレットで撮影し「こんなふうに撮れましたけど」と画面を僕に見せてくる。

写真を見て僕は思わず「何だか眠そうな顔で撮れてますねー……」

その顔は目がトロンと半開きで、どうも焦点が合っていない感じだ。

実はこんな感じに写るのではないかと、薄々予想はしていた。

今まで免許証はじめ、何度も証明写真を撮っているが、出来上がった写真はみんなこんな表情ばかりだった。

俺ってこんなすっとぼけた顔をさらして街を歩いたり人と会ったりしてたのか……

今まで生きててちっとも気づかなかった。穴があったら入りたいわ……と最初は少なからずショックだった。まあ友人知人も少ないので別にいいんだけど。

マイナカードの職員さんはタブレットの写真を見て「きっと優しい目をしてらっしゃるからこんなふうに撮れてしまうんでしょうね」

と優しい言葉をかけてくれた。あまりフォローにもならなかったけど。

「撮り直しますか?」と聞かれ、待っている人もいなかったので「お願いします」と再チャレンジ。今度は両目にキリッと力を入れてタブレットのレンズをにらみつけた。

出来上がった写真は人でも殺しそうな凶悪犯そのものの顔だった。どっちにせよダメじゃん。

 

これまでも仕事で早朝に出ていくと、他の人から「起き抜けで眠そうだね〜」などと言われることも多かった。いや、べつに普通なんだけどなー、と。

ボケーっとした顔をさらして生きてるのもイヤだが、さらにイヤなのが以前何かの新書(タイトル忘れた)のオビに

サイコパスはなぜ眠たそうな目をしているのか?」というコピーがデカデカとあって、

え、俺サイコパスなのか?とがく然としたことがあって。

トシをとると瞼が少しずつ下がってくる眼瞼下垂(がんけんかすい)という症状があるらしい。

自分みたいに若いときからコンタクトレンズを使用していると、レンズ装着や取り外しの際に瞼を引っ張るのでそうなりやすいとお医者さんから聞いたことがある。

ちなみにタイトルは新井素子氏の小説の表題からパクりました。画像はフリーイラストをお借りしました。どちら様もありがとうございます。

 

3億円事件は積み木くずし。

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山田太一向田邦子のドラマをネタに好き勝手書きましたが

https://nanasee.hatenadiary.jp/entry/2025/05/31/163428 

https://nanasee.hatenadiary.jp/entry/2025/06/22/050416

またまた昔のドラマを鑑賞しました。1991年にフジテレビで放映された単発ドラマ「実録犯罪史シリーズ・新説 三億円事件」です。

1968年に起きた三億円事件が社会に与えた衝撃は、いまの若い人にはもうピンとこないでしょう。当時は僕も3、4歳だったのでリアルタイムの記憶はありませんが、ニセ警官のモンタージュ写真はトラウマのように脳内に刻み込まれたものじゃ(突然ジジイ調)。

未解決のまま時効を迎えたこの事件、いったい誰がやったのかで世間の話題ももちきりでした。

作り手側からすればその部分で自由に想像力を膨らませられ、創作のダイゴ味(?)を味わえるのではと思いますが

このドラマでは話が進むにつれ、誰が犯人かより親子の問題の方に焦点がしぼられ、シリアスなホームドラマみたいになっていくのも一興です(犯人についてはわりと早い段階で明らかになります)。

荒れる10代、若者の反抗は、このころのドラマの定番テーマでした。

この作品より少し前ですが、やはり非行少女と娘を更生させようとする親との「戦争」を描く「積み木くずし」がベストセラーとなってドラマ化されたのをはじめ、同工異曲の作品は枚挙にいとまがありません。

昭和の頃というのはいま以上に親は厳格で、世の中の規範みたいなものも個人の自由を強く縛りつけていたように思います。

若者世代もそれに反発し、学生運動やヒッピームーブメントから校内暴力、暴走族、ツッパリ、ヤンキーなどへ至る一連の流れがあるわけで、

いまの比較的理解ある親のもとで友だち親子のように育った人たちにあのころの社会の息苦しさは実感として理解できるかどうか。いまはいまで別の息苦しさもありますが……

キャストに触れておきますと若いころの織田裕二が重要な役で出演。

同年にあの「東京ラブストーリー」も放映されてるけど、うーん、どっちが先なんだろう。

「新説 三億円事件」のほうでは短髪で目ヂカラがすごく、トレンディ俳優として認知される前の不良の匂いプンプンの彼が見られます。在りし日の本田美奈子も物語に花を添えています(この文体も昭和調)。

昭和のヤミに消えた三億円事件の犯人。あの大金、どうなったんでしょう。

いまは三億どころかそれ以上のカネを横領したり着服したりワイロで贈る悪い連中がワンサカいるので、たんなる強盗にすぎないこの事件もインパクト薄いですかねw

人生初のタイヤ交換。

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クルマ関係の仕事をしてるわりにはクルマについてまったく詳しくない。

職場のみなさんはやれ車種が何だ年式が何だパーツがどうのこうのと話に花が咲いているが自分はなかなかその輪に入れない。

そんな人間もたまに修羅場に投げ込まれる。走行ウン万キロの中古車を扱っていると必ず遭遇する車のトラブルだ。

もっともポピュラーなのがバッテリー上がり。ちょっと高度になるとエリミネーター?の故障、オーバーヒート、オイル切れ等々。

走行中予告もなしに車が動かなくなると、その方面の知識が乏しい自分にはもうなす術がない。いやあったとしても修理道具を持ち歩いてるわけでもないのでどうにもならない。

交通のジャマにならないよう路肩に寄せたりコンビニなどの駐車場に緊急避難して助けを呼ぶのが精一杯。

JAFにもしょっちゅうお世話になるが、たいていは会社に電話して車載トラックを呼び、運んでもらう。どちらにしてもなさけない。

先日は引き取った車が高速道路を走行中にバーストした。

直前から妙に振動し始めたので、これは怪しいと速度を落として左車線を走ってたが、急にボン!と音がしてバックミラーを見たら抜け落ちたタイヤがコロコロ転がっていくのが見えた。あぶなく後続車を巻き込むところだった。

幸いアルミホイルは残ってたので走行は可能で、1、2キロ先の出口までカラカラ音を立てながら走る。料金所を出た脇にネクスコの駐車場があるので入れさせてもらう。

トロールの人が心配して寄ってきた。事情を話しとりあえず停めさせてもらい会社に電話して対応策を聞く。

「うーん、自分でタイヤ交換してみて、駄目だったらJAF呼んで」と事務所の人間。どこか他人事っぽい応対だ。

じ、自分で…… ? 車の知識が乏しい身には若干ハードル高い。

とりあえず後部のカバーを開けるとスペアタイヤからジャッキから一式入っている。これはもうドゥーイットユアセルフ!と言われてるようなもんだ。

以前見たことがあるタイヤ交換の様子を思い出しつつ、ジャッキをボディの下部にセットする。場所が悪いと持ち上げてる途中ではずれて下敷きになる危険もある。

おそるおそるタイヤがはずせる高さまで車体を持ち上げ、アルミホイルのボルトを1本1本抜いてはずし、スペアタイヤをセットする。

ボルトの締めつけがゆるいと途中ではずれて大事故だ。かといってきつく締めすぎてもボルトが折れる原因になると聞いたことがある。

ふたたび圏央道乗って走り出したがシロートがつけたタイヤなのではずれはしないかと気が気でなかった。

この年まで生きて初めてのタイヤ交換体験。

いままでノーマルからスタッドレスに替えるときは近所のオートバックスでやってもらっていたが、次から自分でやれば交換代も節約できそうだ。

むかしスポーツカーを乗りまわしていたカーキチの女の子が「タイヤ交換もできない人は男性として認めたくない」みたいな発言をしていて、当時タイヤ交換童貞だった自分は何も言えず小さくなっていたが、これでやっと一人前のオトコになれたような気がする。遅すぎか。

 

 

 

映画「リボルバー」(1988)

FBの映画グループに投稿した文章ですが、P V上げるためにこちらにも転載させていただきます。ついでにXにも転載します(笑)。無名ブロガーなので大目に見てやってください。

 

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沢田研二演じる警察官が拳銃を奪われ、行方を探して奔走する一方、拳銃の方は次から次へ人の手を渡り、物語は鹿児島から札幌へ……。

原作が純文学畑の佐藤正午のせいか、いかにもエンタメ的なスリルやサスペンスは薄く、登場人物たちの言動にしても映画全体のムードにしてもどこかのんびりした雰囲気です。

沢田研二がトレードマークのロングヘアもバッサリ切って脱ジュリーをめざしていた時期でしょうか。にしても役づくりのせいか、たっぷりとお肉がついた顔はもとが美形だけにちょっとキビしいものがあります。

競輪にうつつを抜かしながら珍道中を繰り広げる柄本明尾美としのり、小心者のサラリーマン役がおかしい小林克也、チンピラを演じさせたら安定の山田辰夫など個性的な面々が登場。

一丁の拳銃をめぐる群像劇でありながら、後半は登場人物たちが各々の目的で鹿児島から札幌をめざすロードムービー調になるのが面白いかなと。前述したようにサスペンス味は薄く、全体に精彩を欠く感じではありますが、彼らとともに気ままに旅しているような気分になれます。

制作されたのは日本が大きく変貌するバブル期の前後。鹿児島や札幌の地方都市の香りがただよう街並みを映したフィルムからは、この風景をとどめておきたいというスタッフたちの気持ちが伝わってきます。